Page 65 - 《基礎雜誌》第390期
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司会とパソコン操作を何春晴助理、伊左次ルリコ壇主前賢通訳により黄総領導點

            傳師は

                 ● 東晋、陶淵明の(落地為兄弟、何必骨肉親)(地に落ちて兄弟と為る、何ぞ必

            ずしも骨肉の親のみならんや)を引用し、私達を明心見性に導き、本来の真面目の了
            悟へ誘ってくれました。


                 意:(人は生まれながらにして同胞の兄弟である。必ずしも同じ父と母の元に生ま
            れて来ないと兄弟と言えないのか?私達皆、天にいる老母の所からきた老母の生んだ

            同胞であり、萬物と人(たましい)は皆同類なのです。)

                 ● 『菩薩は身から離れた事はなく、ただ己が迷ったが為に菩薩が遠のいたのであ

            る。静かに迴光返照する事が出来れば、本来の己の主人に会う事が出来る』

                 意:(濟公活佛の一指後、私達は己の中に菩薩(自性佛)がいる事を悟り、またそ

            の菩薩は今まで一度も私達から離れた事はない。ただ己が迷い菩薩を認識出来なくな
            っているだけである。私達がもし、冷静に落ち着く事が出来ればその光は私たちの前に

            現れ、見る事が出来るのです。)

                 ● 『佛法は世の中にあり、世の覺から離れた事は無い。世間を離れて菩薩を求め

            る者はまるで兎の角を探すようなもの 』 (仏法は世間にあり、世間の外で菩提を探すの

            は、兔の角を探す如く、不可能である。)

                 意:佛の一切の道理の元は全て世の中にあります。これこそ倫常の道です。世の

            外で佛の道理を追求する事は出来ません。佛法はこの世に存在し、全ての言動(言語、
            行為、態度)日常生活に佛法は必ずあります。ただ個人の清浄を求めて凡塵世界から
            離れ大道を探すというのであれば、それはまるで兎の頭の角を探しに行くようなもので、

            永遠に探し出す事は出来ないのです。


                 黄総領導の慈悲に溢れた導きは道理法喜に満ち溢れ、皆に多くの利益をもたらし
            ました。海外で開荒、辧道されている各位點傳師及び前賢大徳の皆さんはこの大道(道

            統心法の伝承)を天命真傳させる為、言わば中国(人間の歴史)最古で最も奥深く、最
            も理解できない、理解で探測出来ない世界を傳ようとしているのです。


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