Page 65 - 《基礎雜誌》第391期
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司会とパソコン操作を何春晴助理、伊左次ルリコ壇主前賢通訳により黄総領導點
傳師は
● 東晋、陶淵明の(落地為兄弟、何必骨肉親)(地に落ちて兄弟と為る、何ぞ必
ずしも骨肉の親のみならんや)を引用し、私達を明心見性に導き、本来の真面目の了
悟へ誘ってくれました。
意:(人は生まれながらにして同胞の兄弟である。必ずしも同じ父と母の元に生ま
れて来ないと兄弟と言えないのか?私達皆、天にいる老母の所からきた老母の生んだ
同胞であり、萬物と人(たましい)は皆同類なのです。)
● 『菩薩は身から離れた事はなく、ただ己が迷ったが為に菩薩が遠のいたのであ
る。静かに迴光返照する事が出来れば、本来の己の主人に会う事が出来る』
意:(濟公活佛の一指後、私達は己の中に菩薩(自性佛)がいる事を悟り、またそ
の菩薩は今まで一度も私達から離れた事はない。ただ己が迷い菩薩を認識出来なくな
っているだけである。私達がもし、冷静に落ち着く事が出来ればその光は私たちの前に
現れ、見る事が出来るのです。)
● 『佛法は世の中にあり、世の覺から離れた事は無い。世間を離れて菩薩を求め
る者はまるで兎の角を探すようなもの 』 (仏法は世間にあり、世間の外で菩提を探すの
は、兔の角を探す如く、不可能である。)
意:佛の一切の道理の元は全て世の中にあります。これこそ倫常の道です。世の
外で佛の道理を追求する事は出来ません。佛法はこの世に存在し、全ての言動(言語、
行為、態度)日常生活に佛法は必ずあります。ただ個人の清浄を求めて凡塵世界から
離れ大道を探すというのであれば、それはまるで兎の頭の角を探しに行くようなもので、
永遠に探し出す事は出来ないのです。
黄総領導の慈悲に溢れた導きは道理法喜に満ち溢れ、皆に多くの利益をもたらし
ました。海外で開荒、辧道されている各位點傳師及び前賢大徳の皆さんはこの大道(道
統心法の伝承)を天命真傳させる為、言わば中国(人間の歴史)最古で最も奥深く、最
も理解できない、理解で探測出来ない世界を傳ようとしているのです。
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